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竹林の屋敷

あふれでるパッションが投げ捨てられる、そんなブログ。

【歌詞解釈】BUMP OF CHICKEN-ロストマンは人生の中での決断を歌った唄だと思う

歌詞解釈

君を忘れたこの世界を 愛せた時は会いに行くよ 

 

歌詞はコチラを参照→http://j-lyric.net/artist/a000673/l001cf1.html

***

 

まずは楽曲紹介。

 

ロストマン』はBUMP OF CHICKENの6枚目のシングル。ボーカルギターの藤原基央が作詞に9ヶ月かけたという伝説的な楽曲であります。

 

それだけ時間をかけたとあって、まず曲からかもし出される雰囲気がすごい。尋常じゃない、「心の奥底の闇」のオーラがバンバン出ています。それなりに流通している邦楽でこれだけの深みを出す歌を私は知りません。

 

ちなみに音楽的にも、ツインドラムを導入するなどの意欲的な試み、内省的な歌詞にマッチした枯れたサウンドのギターと、特筆すべき点は多いでしょう。

 

***

 

ロストマン』は自分の夢を目的地とする地図の上、人生という旅をする僕は、決断という別れ道で君と決別する。本当に夢が叶うのかと迷子(ロストマン)になりつつも歩み続ける。そういう唄です。

 

「君を失った この世界」、「状況はどうだい 居ない君に尋ねる」、「強く手を振って 君の背中にサヨナラを 叫んだよ」等のフレーズから、『ロストマン』は2人の人物の別れの唄であることは確かでしょう。

 

ついで、「僕」は今の人生を生きる自分、「君」は今と異なる道を歩む「自分」として歌われていることを確認したいと思います。

すなわち、

 

強く手を振って 君の背中に
サヨナラを 叫んだよ
そして現在地 夢の設計図
開く時は どんな顔 

 

これが僕の望んだ世界だ そして今も歩き続ける 

 

と、「僕」が「自分で望んで」、「君」と別れることを決断した。そして、自分の将来、ひいては「今」を生きていくことが歌われているわけです。「夢の設計図」を開く僕は、「夢」を追うために必要となる決断、たとえば、ミュージシャンになるために高校を中退する とか地元を離れて単身上京する とかをします。もう一人の僕である「君」が高校に通ったり地元で暮らしたりする道を歩んでいる中、「僕」は夢を追う道を歩むわけです。こうした決断の積み重ねが人生なのだと言えるでしょう。

もう一つ言うと、たびたび私たちは「君」サイドの自分を羨ましく思ったりしてしまいます。辛い、苦しい人生の中で、あのときあっちの道にいっとけばなぁ……、と。

 

 

しかしながら、

 

これが僕の望んだ世界だ そして今も歩き続ける
不器用な 旅路の果てに 正しさを祈りながら 

 

の歌詞のように、こうした決断の先の世界、自分の有様は、全て「僕の望んだ」ものなんです。なぜなら、自分が決めたからです。

 

どんなに辛いことがあっても、苦しくても、何度も何度も失敗しても、夢破れても、自分の責任なのです。「僕の望んだ」ものなのです。この事実は、なんて残酷なのでしょうか? 「自分で選んできたのに 選ばされたと思いたい」(BUMP OF CHICKEN-(please)forgive」から)、そんな私たちですが、全ては私たちの望んだことなんです。

 

この苦しさからの解放は、「祈り」に託されます。不器用で間違っているかもしれない人生に、「正しさ」という曖昧で定義のできない類の概念で救いを求めます。

 

ここで「僕」は、「信じる」のではなく、「祈る」のです。決断の正しさを「信じる」ことも我々には難しいのです。「信じる」という行為を行っている時点で、私たちは「疑っている」からです。 100%の信念が存在するというなら、それは信念の対象はもはや事実であり、信じる事など必要になりません。我々がなにかを信じるときは、必ず、信じながらも、疑っています。

 

その疑いこそが、決断が間違いだったのかもしれないと私たちに思わせます。将来の自分の成功像を強く信じれば信じるほど、失敗が頭をよぎります。こうした心中の渦巻きから「僕」はどうしても祈らざるを得ないのです。もはや、何者かへのお願いです。

 

つづいで、

 

僕らが 丁寧に切り取った
その絵の 名前は 思い出 

 

からについて。「僕ら」とは、「僕」と「君」の2人のことでしょう。今の道を歩むことを決めた「僕」。そして、別の道を歩んでいる「僕」。『ロストマン』のタイトル案に『シザースソング』があったことから、「切り取った」はかなり重要なワードだと思われます。「切り取」るとはおそらく「決断」のこと。決めて、絶つ(切り取る)のでしょう。それも、丁寧に。それはきっと、考えて考えて決断を下したことをいっているのかなと思います。以上から、二人が切り取った「その絵」とは、決断の瞬間のことであり、「あの日」のことでしょう。決断の瞬間は、「思い出」でしかなくて、時間はそこから「止まったまま」で、選ばれなかった「君」は「サヨナラ」を告げるべきものなんです。

 

破り損なった 手造りの地図
シルシを付ける 現在地
ここが出発点 踏み出す足は
いつだって 始めの一歩

 

過去にうじうじせずに、ここ=現在を出発点として前に向かっていく。そんな唄だと思います。

 

 

と、最後に。基本的にはこれまで書いた通りなんですが、記事の冒頭に載せたフレーズ

 

君を忘れたこの世界を 愛せた時は会いに行くよ 

 

 が、本当によく、大きな決断のあとの人生を表しているなぁと思います。「僕」と「君」の道は2つに別れてしまったけれど、彼らの人生はまたどこかで合流するんだと歌われます。

今は、別の道を歩んでいる「君」のことは忘れて、突き進んでいるけれど、いつか、心の底から「あの決断をしてよかった」と、自分の望んだ世界を「愛せた時」、2人は巡り合って、「切り取ったその絵」を直視して、「君」が歩んでいたんであろう人生を思います。その上で今の人生に完全な納得をして、「僕」と「君」は一つとなり、自己、それから人生というものが形成されていくのだと思います。

 

結婚式に新郎新婦の生涯をまとめたビデオを上映するのとかはそんな感じだと思います。結婚という一つの幸せや「正しさ」に辿り着いて、今までの人生すなわち決断の積み重ねを振り返り、選ばれなかったサイドの僕つまり「君」とまた出会うのでしょう。

 

ミュージシャンなら武道館ライブの時とかでしょうか。簡単に言うと、夢を成し遂げて、過去を振り返る。ってことですね。

 

 

間違った旅路を、祈りながら私たちは進みます。

 

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ロストマン/sailing day

ロストマン/sailing day

 

 

 

yのキーの反応が悪いのですが、「梅の設計図(夢の設計図)」とか「梅を追う(夢を追う)」とかなって面白かったです。おわり