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竹林の屋敷

あふれでるパッションが投げ捨てられる、そんなブログ。

ジャミロクワイの空間支配力について

音楽 思考

ジャミロクワイというミュージシャンが居る。「5つ食べられるかい」の人である。

(参考↓)


日清 カップヌードル Jamiroquai 編 .flv

 

当エントリは、「カップヌードルを5つ食べられるか。」この問いに関する考察を行う。わけではない。違う。「味を変えつつならいけそう」とか、そういうことは書かない。カップヌードルをご所望の食いしん坊の読者諸君はお帰りいただきたい。

 

 

まず、ジャミロクワイは単なるカップヌードルの広告塔などではなく、世界的な人気ミュージシャンであり、「4つでギブのやつもうグッバイ」でブレイクした大人気バンド・サチモスにも大きな影響を与えたほどのバンドである。

(参考↓)


Jamiroquai - Space Cowboy

 


Suchmos "STAY TUNE" (Official Music Video)

 

 

ジャミロクワイの音楽を一言で表すなら「オシャレ」これに尽きる。途方もないオシャレ。それはもう、彼らの楽曲を聴くことで私自身がとってもオシャレな人だという気持ちになってくるほど。そんなはずはないのに。鼻に置くとこの曲がっためがねをかけて阿呆面をしているというのに。冬場は謎トレーナーしか着ないというのに。

 

実際、ロクワイの手にかかれば、行われるあらゆる動作がオシャレなものとなる。例えば、その右手で右の鼻穴をほじってみよ。とってもお下品なはずの行為。人に見られればたちまち嫌悪感で顔をしかめられるはずの行為。ところが、ロクワイの音楽さえあれば、とてもスタイリッシュで、ソフィスティケイティットでグレースフルな挙措に思えてくるであろう。これが、これこそが、ジャミロクワイの持つ恐るべき力の効能である。

 

聞く者へ働きかけ、さも自分がオシャレであるかのように感じさせてしまうジャミロクワイだが、ここで場の理論を援用する(参考→)。すなわち、対象へ働きかける力を持つものは、対象へ直接影響を与えているのでなく、周りの場を変容させることを通して対象へ働きかけているとしよう。ジャミロクワイが、部屋を、空間を、支配しているのである。スピーカーから流れ出るロクワイによって、この部屋のあらゆるものが、オシャレになる。「Everything is good...」ロクワイもそう言っている。私が鼻をかんだちり紙(元来とても汚い)だって。なにかとても、意味のある、ファッショナブルなものに見えてくるだろう。それだけではない。ジャミロクワイは空間を支配しているのだ。この7帖ちょっとにある全てのものが、支配されているのだ。歯ブラシが、コースターが、つい台湾で買ってしまった像笛が、電子辞書が、めがね拭きが、謎トレーナーが、さとうのご飯が、使い古し床に捨てられたままの乾電池が、その横のちじれた毛が、少し大きなホコリが、チリが、ブラジルが! ジャミロクワイの音楽の力で! とても!オシャレに!見えてくる!!!

 

 

と思い込むだけで、世界が素晴らしいものに感じられる。

私が言いたいのはそういうことです。